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大分簡易裁判所 昭和59年(ハ)2249号 判決 1985年12月05日

原告

狭間宝一

被告

田原孝行

被告

府内信用金庫

右代表者

西島治男

右訴訟代理人

後藤博

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二九万八四五七円及びこれに対する昭和四九年六月一八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  被告府内信用金庫

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(二)  被告田原孝行

不出頭

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告田原孝行の承諾を得て、原告の出捐で「田原孝行」名義をもつて、昭和四八年一二月二九日、被告府内信用金庫大在支店に対し、金一三〇万〇〇〇〇円を普通預金として預け入れ、同日右預金通帳の交付を受け、以後、同通帳と届出印鑑を所持、保管している。

原告は、その後の昭和四九年三月八日、右預金から金一〇〇万七八〇〇円の払戻しを受け、残額は、金二九万二二〇〇円となつていた。

2  原告は、昭和五六年一〇月二日、被告金庫大在支店に対し、右残額の払戻請求のため、預金通帳、届出印鑑を呈示して、支払いを求めたところ、同金庫係員は、

本件通帳の名義人である被告田原孝行から預金の支払請求があつたので、

昭和四九年五月一一日 金一〇万〇〇〇〇円

同年六月一八日 金一九万八四五七円

が支払われている

旨の回答があり、その際、被告金庫に於て、昭和四九年三月三一日までの未払利息金六二五七円の記帳をした上、原告に通帳を差戻した。

右当時、利息記入前のあるべき残額は、金二九万八四五七円である。

3  被告田原孝行は、本件預金は、田原自身のものでないに拘らず、自己が名義人になつていることを奇貨として、右二回にわたり、不法に支払請求をして総額金二九万八四五七円の支払を受け、原告の預金を詐取して、原告に同額の損害を与えた。

被告府内信用金庫は、被告田原孝行が、本件預金通帳、同届出印鑑を所持せずかつ呈示しないに拘らず、同田原に対し、二回にわたり、原告の預金の払い戻しに応じ原告の預金債権を侵害したことは、同府内信用金庫の、債権者の確認に重大な過失があるというべきである。

4  被告らの行為は、民法七〇九条、七一九条に基づく共同不法行為に該当し、原告は、被告らに対し、各自金二九万八四五七円及びこれに対する最終支払日である昭和四九年六月一八日から、民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める。

二  府内信用金庫の請求原因に対する認否

1  請求原因1認める。(但し、被告田原の承諾を得て原告が預金した点を除く)

2  同2認める。被告は、預金の名義上、実質上の預金者田原孝行に支払つたものである。

3  同3認める。被告は、預金者である名義人を確認して支払つたから過失はない。

第三  抗弁

一  原告は、本件田原孝行名義の普通預金口座(一〇一〇三七―以下〇三七という)の預金が原告のものであるとの被告金庫に対する申出は当初からしなかつた。

二1  本件預金名義人田原孝行は、以前から同人名義の普通預金口座(一〇〇九九七―以下九九七という)を有し、預金や払戻しを再三行つており、窓口担当者において、同人の面識があつたと推定され、又、従前からの口座(九九七)の届出印と同一印が本件普通預金払戻請求書に押捺されていること、本件預金(〇三七)が、従前口座(九九七)に振替えられ、従前口座から払出されていることからみて、振替及び払戻を受ける際は、従前口座の預金通帳と届出印鑑を所持していたことは、容易に推定できるところであり、本件問題になつて後の被告金庫の名義人田原孝行に対する調査にも同人は、その旨回答している。

2  ちなみに、普通預金口座を同一金融機関の本店、又は支店に同一人が複数開設することは、よくあることでその間の振替も珍らしいことでもなく又これを禁ずる法令も存在しない。

3  被告金庫は、預金引出に来た田原孝行が本件預金通帳と届出印鑑(〇三七)を忘失したというので、従前からの口座の預金通帳と届出印鑑(九九七)で田原孝行本人であることを確認し、更に従前からの預金の出し入れで面識があり、本件預金口座(〇三七)の田原孝行と、従前からの口座(九九七)の田原孝行とは、被告金庫に届出の住所も同一であることから同一預金者と認め、口座間の振替手続を経由して預金者である田原孝行に払戻しをしたのである。

三  従つて被告金庫が、右振替支払いをしたのは、預金者である名義人田原孝行にしたものであつて、田原孝行以外の第三者にしたのではなく、被告金庫の過失を問題にする余地はなく、被告金庫の支払いは善意、無過失である。

第四  抗弁に対する答弁並びに反論

抗弁一は認める。

抗弁二、三は争う。

1  金融機関は、当該預金通帳と、届出印鑑を持参した者に預金を払い戻せば足りるのであつて、本件通帳と届出印鑑は、原告の所持保管するものであつて、被告金庫は本件預金(〇三七)について、通帳並びに届出印なしで支払つたことに過失がある。

2  被告金庫は、窓口で通帳、印鑑を忘失したという者があれば、その支払を拒めばよく、又それらを紛失、忘失したというのであれば、更に事情をきき金融機関として所定の各紛失届を要求し、所定の手続の上、相当の注意と、調査を待つて、通帳の再発行或は改印手続をすべきである。

3  被告金庫は、本件について、右所定の手続をとるべきであるのにただ漫然と口座間で振替手続をして、従前の口座に振込み、従前口座の通帳・印鑑により支払つた点に過失がある。

4  被告金庫は、面識があり、名義人本人に支払つているから過失がないと主張し、二回に亘つて本件預金を振替支払いをしている一方、昭和五六年一〇月二日、原告が所持する本件通帳、届出印鑑によつて、原告に対し利息金一八一四円を支払つている。これは、被告金庫の名義人本人主義と矛盾する。

第五  証拠<省略>

理由

一原告と被告田原孝行との関係

被告田原は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他を提出しないので、請求原因事実を自白したものとみなされ、請求は理由がある。

二原告と被告府内信用金庫との関係

1  昭和四八年一二月二九日、被告金庫大在支店に名義人田原孝行とする金額一三〇万〇〇〇〇円の預金口座の開設(口座番号一〇一〇三七号)されたこと、昭和四九年三月三一日までの利息を加え、残額が金二九万八四五七円であつたこと、昭和四九年五月及び六月に合計金二九万八四五七円が名義人であつた被告田原孝行に支払われていること、昭和五六年一〇月二日、原告に本件預金通帳、届出印鑑により残額の支払請求があつたこと、並びに被告金庫の右請求についてすでに名義人である田原に支払ずみである旨の回答の事実、被告田原の原告に対する名義貸預金の被告金庫に対する右事実の届出のなかつた事実は、当事者間に争いがない。

三抗弁について

抗弁一、預金者は誰か

1  家族間等において、ある者が他の者の包括的許諾を受け、或は、ある者が形式上他の者の名義を用いて契約する(本件はまさにこれに当る)などの事情から男性が女性名義の、又は、女性が男性名義の通帳、印鑑を持参して預金の払戻し、解約等のため、来店することは金融機関の日常業務でしばしば遭遇することである。

2  <証拠>及び原告本人尋問の結果、原告と被告田原孝行は、田原の所有する不動産の売買、その税金対策の関係から、原告が田原孝行との間で、その名義で口座を開き、税金の大凡を金一三〇万〇〇〇〇円として自己の出捐で本件預金したものと認められる。

以上の事実及び弁論の全趣旨から本件預金(口座番号一〇一〇三七)は、原告のものと認められる。

よつて抗弁一は理由がない。

四抗弁二、三について

<証拠>によれば、

1  被告金庫大在支店の昭和四九年五・六月当時勤務していた窓口預金、同支払担当の係員は、すでに退職していること

2  被告金庫大在支店に、田原孝行名義の次のような普通預金元帳による口座開設が存在していたこと(乙第一号証)本件預金

イ  口座番号 一〇一〇三七

ロ  印鑑票 田原とある卵形認印

ハ  住所氏名 大分市東上野 田原孝行

ニ  新規開設 昭和四八年一二月二九日

ホ  金額 一三〇万〇〇〇〇円(乙第四号証)従前口座預金

イ  口座番号 一〇〇九九七

ロ  印鑑票 田原とある丸形認印

ハ  住所氏名 上野二七〇六 電二―二〇四四 田原孝行

ニ  新規開設 昭和四八年一二月三日

ホ  金額 一〇〇万〇〇〇〇円

3  乙第一二号証(預金者の皆様へ)と題する全国信用金庫協会発行の「信用金庫にご預金をなさる際は、ご本人の正しいお名前をご使用ください」とのお願い文が被告金庫待合室等に掲示されていたこと

4  <証拠>によれば被告金庫の普通預金規定が、預金通帳の第一面に掲記され、その三項に預金の払戻し、第五項に届出事項の変更、通帳の再発行等、第六項に免責の各規定がおかれ、これはその内容が全国銀行協会連合会作成のひな型に則つたものであること

5  当時の払出窓口扱者はすでに退職し、昭和五六年一〇月二日以後になつて当時大在支店長であつた河野俊行らの被告金庫に残された書類等からの推測によると、「被告田原孝行は、右従前の口座による通帳の出し入れが度々で(乙第四号証によれば、開設から本件払戻しまで、四八年一二月三日、一三日、一七日、二〇日、二五日)窓口係としては、面識があつたと思われ、昭和四九年五月一一日、金一〇万〇〇〇〇円の普通預金請求書(乙第二号証)によつて、本件口座(末尾〇三七)から、振替科目普通預金従前口座(末尾九九七)に普通預金入金票(乙第五号証)で、普通預金元帳(乙第四号証の一)の同月日欄に記帳され、この通帳の届出印鑑による普通預金請求書(乙第六号証)によつて、金一〇万〇〇〇〇円が被告田原に支払われ、同元帳の記載(乙第四号証の一、昭和四九年五月一一日の欄)がされたものと認められるとのべ、又、昭和四九年六月一八日の被告田原孝行への金一九万八四五七円の支払についても右同様、普通預金請求書(乙第三号証)により本件口座(末尾〇三七)から振替科目普通預金従前口座(末尾九九七)に普通預金入金票(乙第七号証)で、普通預金元帳(乙第四号証の一)の同月欄に記帳され、この通帳の届出印鑑による普通預金請求書(乙第八号証、金額一五万〇〇〇〇円、乙第九号証昭和四九年七月二九日金五万〇〇〇〇円の一部)によつて、金一九万八四五七円が被告田原に支払われ、同元帳の記載(乙第四号証の一、昭和四九年六月一八日、同年七月二九日の欄)がされたものと認められる」とのべていること

6  右関係部分の払戻しの記載として、本件預金元帳(末尾〇三七)の昭和四九年五月一一日金一〇万〇〇〇〇円、同年六月一八日、金一九万八四五七円の記入があること

7  被告田原孝行の右二回の振替については、本件預金(口座末尾〇三七)についての通帳、届出印鑑を被告田原は持参していなくて窓口係に提示していないこと、その際の二回とも被告金庫は、右について、被告金庫の普通預金規定に基づく

この預金を払戻すときは、当金庫所定の払戻請求書に届出の印章により記名押印して通帳とともに提出してください。

この通帳や印章を失つたとき、または、印章、名称、住所その他の届出事項に変更があつたときは、直ちに書面によつて当店に届出てください。

この通帳を失つた場合の通帳の再発行もしくは、預金口座の解約、または、印章を失つた場合の払戻しは、当金庫所定の手続をした後に行います。この場合、相当の期間をおき、また、保証人を求めることがあります。

との右規定にのつとつた手続は、一切行つていないこと

従つて、被告金庫は、いわゆる便宜扱の支払をしていることが認められる。

便宜扱による支払いは、真の預金者に支払われた限り、免責されるが、真の預金者でなかつた場合、その責任は、金融機関自体が負わなければならない。金融機関が、普通預金規定による免責を得るためには、当該金融機関所定の払戻請求書に届出印鑑により、通帳と共に提出したものでなければならず、そうでない限り約款による準占有者への弁済とはならないと解される。

被告田原孝行が、本件預金通帳と届出印鑑を窓口に提出したものであれば、被告田原が真の権利者でなくとも、被告金庫が善意、無過失であれば被告金庫の本件支払いは、準占有者に対する弁済として免責されるのは勿論である。しかるに、被告金庫は、本件預金の振替、支払いについて二回に及んで所定の手続を踏まないでなした便宜扱いは、金融機関としては、重大な過失があつたと認めるのが相当である。

(通帳・届出印鑑なしで準占有の成立の有無)

1  銀行約款では、通帳と印鑑との持参人に支払うとなつており、右二つを持参しなければ銀行としては、自由に支払いを断ることができる。しかし、それ以外に、民法の規定に従い準占有者と認められる場合に支払つたときの免責については、やはり民法の規定によるとの意味であつて民法の規定を積極的に排除している特約ではないと解される。

2  被告金庫は、本件預金口座の田原孝行と、従前の口座の田原孝行と同一人と認定したその根拠については、窓口係の行員に面識があつて、(但し、右面識の事実については恐らくそうだろうとの推測であつて立証がない)名義が同一、住所が上野と似ている点についてのみである。

3  本件預金についての支払いが、通帳、届出印なしで被告田原孝行に対し、普通預金請求書(乙第二、三号証、〇三七)によつて払い出され、同時にその金が普通預金入金票(乙第五、七号証、九九七)によつて従前預金口座に振替えられている。そして、従前口座預金に振替えられた印鑑により、普通預金請求書(乙第六、八、九号証、九九七)で支払われている事実を以て、としても、本件預金の振替について、支配している外形は認められず、支配の外形は、振替られた後の従前の口座預金についての通帳、印鑑であつて、右関係書類を以て、本件預金の準占有、受取証書の持参人であるとは、認め難いところである。

4  結局本件預金については、通帳、印鑑共になくして二回にわたつて支払つたものであり、本件預金口座から、従前口座に便宜扱として振替たものであり、債権の準占有者又は真の預金者に支払われたものではない。

よつて抗弁二、三も理由がない。

五以上認定のとおり、被告金庫は、普通預金規定による免責手続によらず又、民法の準占有の規定にも当らず、いわゆる便宜扱の処置により、真の預金者を確定することなく、二回にわたつて、支払つた(振替えた)ことは金融機関として通常配慮する注意義務を怠つた過失により、損害を原告に与えたものというべきであつて、原告の請求は理由がある。

六よつて、原告の被告らに対する各請求を認容することとし、訴訟費用については、民訴法八九条、九三条を仮執行の宣言については、同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官手嶋定光)

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